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The Moldy Peaches / The Moldy Peaches 

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
遅い遅い、新年のご挨拶になってしまった。気がついたら、もう36分の1年が過ぎた。

今日は何故だか幼い頃のことを思い出していた。
特にお盆や法事やなんかにしか行かない親戚の家のことだ。
記憶をたどればたどるほど、楽しいことよりも居心地の悪さの印象の方が強い。

こんなことを言うと、遠くの空で元気にやっている親戚の面々が気を悪くするだろうけど、
原因はこちら側にあって、とにもかくにもボクは末っ子の甘えん坊でダメだったのだ。

まず単純に親戚のだろうが他人のだろうが、我が家以外のお宅が苦手だったし、
両親の親戚は西側(反共産圏・・・ではなく近畿以西、としよう)の住民ばかりだったので、
会う人会う人、どこか言葉が高圧的に感じられ、すーっと縮こまってしまうのだった。
(後に学生時代の数年間を西側で過ごしたことで、この偏見は見事に霧散するわけだが)

中でも一番苦手だったのは、曽祖父の家の非水洗便所である。
もちろんこの件は「西側」かどうかとは無関係で、要は典型的な田舎の家だったのだ。
今考えるとあり得ない話だが、見ているとそのまま吸い込まれてしまう気がして、
その存在は当時のボクにとって「この世で最も恐ろしいもの」だった、と思う。

曽祖父母はとてもやさしかったし、広々とした座敷や庭、蛙の子が暮らす田んぼ、
山積みのお茶菓子もあったが、その「白い怪物」だけが幼いボクの悩みの種だった。

しかもその外見は、なぜか洋式。丑三つ時に「ぬぬぅっ」と白くぼんやり浮かび上がる
その立ち姿は不気味そのもので・・・いや、もういいか、この話。
わざわざ一行あけてまでぶり返す内容じゃないよな。

というわけで(どういうわけだ)、今でも親戚の家に対する苦手意識が残っている。
そして、まったくつながりがなく、申し訳ない気持ちでいっぱいなんだが、
新年一枚目はモルディ・ピーチズ。最近になって、その存在を友人に教えてもらった。

本作がリリースされたのは2001年、ニューヨーク同時多発テロの前の年だ。
その頃ボクは学生の身分。モラトリアム真っ只中でノンキな生活を送っていたわけだが、
音楽について言うならば、それなりの貪欲さをもって求めていたと思う。
けれども、英国贔屓だったボクとヒップなニューヨーカーの彼らが出会うことはなかった。

ストロークスが華々しいデビューを飾り、ほぼ全プレスからの賞賛を浴びていたのもこの頃。
「向かうところ敵なし」状態のストロークス。その前座としてツアーを回ったそうだから、
モルディ・ピーチズだって相当勢いがあったに違いないし、ニューヨークの最も先っぽで、
最も熱く、最もとんがっていたデュオだったであろうことは疑う余地がない。

今でもその片割れ=アダム・グリーンは、「ふにゃっ」としたキャラに似合わず、
意外とコンスタントに作品を発表しているけれど、ここで言いたいのはそんなことじゃなく、
この作品には「元気の沸いてくる音楽」がいっぱい詰まっている、ということだ。

「こけもも」ならぬ「かびもも」の奏でる音楽は、頭で想像するより、とんがった音楽じゃない。
流れ出る音はノイズまじりで粗暴とも言えるが、何も考えず、ぽかんと耳を傾けていれば
いつしか気がつくことがある。それはむしろ、とてもシンプルで「やさしい歌」たちなのだ。

これからCDを買って聞いてみよう、という人にはぜひ国内盤をお薦めしたい。
国内盤のみ収録されている、ボーナス・トラックのライブ音源。
これは本当に元気の沸いてくる音楽だ。元気のない人は必聴である。

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