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フーテンの (K) 

昨日は久しぶりにライブを見に行った。
渋谷オーネスト、マーガレット・ズロースの藪こぎ25th。
アッテナとしてもゆかりのあるライブハウスで、単純に懐かしい。
意外と広いフロア。気温こそ低いが、温かい空気で充満していた。

平井さんは、ほんとそのまんまの人なんだと思う。
終演後にひとつふたつ、何でもない言葉を交わすことができたが、
向こうは相変わらずのオトボケぶりで、何だか自分が恥ずかしくなった。

今日はたまたま「幸せ」というものについてちょっと考えて、
自分なりに「おーそうだよな」と結論に至ったつもりであった。
それは「幸せ」を「自分が求めるもの」に置換すれば良い、というもの。
「幸せ」という万人共通の単位で計ろうとするからわからなくなるわけで、
「自分が求めるもの」に向かっているかどうかで考えれば話は早いと。


と、思っていたが今晩テレビをつけると「寅さん」がやっていて、
「とらや」でいつものように繰り広げられる団欒のテーマが「幸せとは」。
観念的なことではなくて、ただ「幸せ」という「言葉」自体にも、
それなりの価値があるような気もしてきて、またしても心は藪の中。
でも暗い心境ではない。映画とか音楽って素晴らしいよな。こうでなくちゃ。

それにしても「寅さんシリーズ」はいつでも大好きなので不思議だ。
今じゃ考えられないが、大昔のこと、家族みんなで見てはよく笑った。
大体、過去の思い出的なものには少なからず拒否反応を示す僕だが、
「寅さん」はどうやら例外のようである。渥美清は本当に役者だ。
「キネマの天地」の父親役は素晴らしかったが、他は思い浮かばない。
もっといろいろできたんだろうけど、それだけに「寅さん」は深い。

山田洋次はこういうのやれば行くところ敵なしなのにな。
スピルバーグが「シンドラーのリスト」撮ってもイマイチなのと一緒で、
いくら人情物とは言え、藤沢周平では魅力が半減してしまう。
ところどころ得意の「寅さん」的な、「インディ・ジョーンズ」的な
笑いの要素をさしてみたところで、どうも言い訳がましくて煮え切らない。
今、ああいう家族的な撮り方が難しいのはわかるけど、頑張って欲しい。

今年最初の日記で「変わらなきゃ!」って威勢の良いことを書いた。
現在進行中、もとい、ホフク前進中、もとい、引きこもり中とも言える。
でも考えてみたら、小島啓之介は三つ子の頃からマイペースが売りだ。
そのくせ、周りを気にするフリをするくらい悲劇的なことはない。
これまでもこうしてやってきたんだ。後は知るもんか。

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